brogmymxo’s diary

大学生なのに特別大学で楽しいことが一つもない。虐待と男子校病のせいにしてみる。 

キューブ

ペンギンドラフト
f:id:brogmybana:20220403152035j:image

0-3シンクロがうまくできない全部ストレート負け

 


f:id:brogmybana:20220403185403j:image

0-2

アズルーンで大嵐引かれない祈りデッキ。

負けたけど両方1回は勝った。自分でピックしたカードを覚えていないので、光闇レベル7ないのに2枚もサーチカードを採用した。

シンクロ8出せるけど墓地にリンクがいないので弱いってことが何回もあった。

4/3 23時追記悩みは思い出した。

俺にとって何が好きなことなのかということだ。

俺がゲームばっかをやってるのは勿論楽しいからというのもあるけど、楽しいものなら世の中にほかにもあるもの、例えば単純作業とか全然楽しいと思える。多分俺は沢山のゲーマーに恩義を感じて無意識下で強制されてやっている。あまりにも長くゲームを介して世界と関わり過ぎた。もう10年以上はいってる。 逆に、文章を書くのは、それとは逆だ。マローが面白かった。って言うのもあるけど、今までほかにも面白かったものは沢山ある。 それでも文章を書くことだけが長続きした。もう約3年だ。 あとは音楽を聴くことかな。それはこの6年間ほとんど欠かさずあった。 あとはまだ1年くらいだけど、児童書は結構長く続いている。これはprichanが面白かったってのもあるけどあくまできっかけだ。
でも、おれはもう少し状況が複雑だ。これは単純に心地よくてうまくいってるものなのか、逆張りによって仕向けられたものなのかそこの違いもある。

あと、俺は好きと言うのが難しい。音楽なんて、1曲を判定するのに1か月はかかる。よくある、初聴きのものに、「これ好き~」って言う人とは思考回路が全く違う。

あと好きなん?とか言われてもそこから吟味がはいるから微妙な返事しかできません。

興味があることに「好きだわ~」は大分後で、兎に角キショく粘着ばっかする。 ※粘着:腕組みながら笑顔で端っこで見てる。

多分色々心の中で物に対して関係があるなか、「好き」というワッペンを貼る行為が難しい。 世の中に対して、価値づけすることが周りに比べて時間がかかることが多い。「ヤバい!」って言われたらヤバいと思うし、「雑魚い」と言われたらそう思う。というか俺は、周りの人が付ける物事の評価そのものに目がない。 俺はカードゲームの知らない環境で、このカードがこの状況下では強い!みたいなことを書いてるオタクの記事を見るとめっちゃワクワクするし、信頼している人が地上波クソだって言ってたら自分自身もクソだなって思いやすい。 これは流されやすいとも微妙に違う気がする。別にすでに自分の中で評価が固まってるものは、あんまりぶれないし、他の人にとっては見えにくいモノだから言及されることもない。 確かに思い返してみれば全体的に尊敬してたニコニコという世界でオタクが誉めてるコンテンツを盲目的に見たりやったりしてたし、そこに目がないんだ。 ここがわかったのは今日の収穫だ。