今日は一押二金三男の意味が分かった。
押せるかどうかって、結局性の迷いがあるかないかだってことだと思う。 キレイにしないのが女捨ててるみたいな話の逆 男を捨てたら押せない。 優しい優しくないとは全く違う。もっとドロドロとしてキラキラした何かがあるんだろ。非モテの男女系の理論には、そこが欠けてるんだろ。 女装してても彼女いる奴はいるしジェンダーじゃなくてジェンダーのとらえ方って言えばいいのかな。今までの考え方じゃどうにも語りえない何かがあるんだって。 女の目があって、初めて迷いがなくなると思うし、女子も迷いがあるやつは見抜いてるだろ。僕は男やるので女やってください。よろしくお願いしますみたいな儀式というか。そういうのがあるちゃんとそう言ってくれれば私も女やりますよっていう人もいるだろう。
明後日飛行機の中で、今までの留学準備まとめたブログ書きます。