私は、中高で相対的にほぼ最下位のような立ち位置にいたので、競争についていくより、上手く人生を過ごす方法がないかを考えていたので、私はキャリアについての造詣が深い。
キャリアを考える能力は、実行機能に依存する。そのため、それが弱い人は
個人の能力を活かした適切なキャリアを作ることの意味は、社会への影響力を高める、経済的に豊かになる、自己実現を行う。この3点において価値がある。
キャリア選択及びその過程は、人格の完成と同じ意味であり、目的を同じくする教育の最終形ともいえる。
キャリア選択は、入社試験や、資格試験、面接などの競争や年収〇などの他覚的な指標がフィーチャーされがちだが、現在の社会と自己の在り方との相互的なやりとりのなかで妥協点を見つけていく、エコロジカルな活動である。 要するに自分が「こう社会に参加したい・変えたい」という考えも、社会が今人手不足な物をやるというような社会の要請も両方考えたうえでちょうどいい場所を探るという事である。
そして、自分の強みを活かしていくという事が重要である。女の子にモテないとか、彼氏とうまくいかないとか、そういうことは日々の生活において多くを占めているかもしれないが、キャリア形成には「女の子にはモテないし友達もいないし、家族とも仲悪い。だけど逆に交友関係を放置して一人でインドネシアに留学できる」けどの後が重要である。 とかね。
最後に、主体的な選択が最も大事である。全部自分でやれとは言わないし、人に頼って全然いいんだけど、他の人に幸せにしてもらおうとか思ってるやつはキャリア選択において大きな間違い、ニートになるにしても主体的なニートになれ!
キャリア選択の具体的な方法として、
遺伝的なもの・自分の好み
自分の育ち・能力・資源
時流・社会情勢
の3つを同時に考えていく事が大事である。たいていの人間がどれか一つに傾倒してしまい、バランスを失っていることが多い。
人間って言うのは体の形と好みは生まれつき決まっている。足の骨が奇形なのに、マラソン選手になれる人はいない。これは不平等とかでなく、事実である。女の子が好きっていう人に、男好きになれって言うのは不可能である。人間は大きなケガ、妊娠などの肉体的な大きな刺激が無い限り好みを変えることはできない。だから、生まれつきの体形の他に好みもその人独特のものである。ちなみに自分の体の改造をしてはいけないと言っていないので、ペースメーカーでも美容整形でもいくらでもしてください。
この部分にアプローチするには自分の身体測定の結果などの客観的な指標に他人からの評価、顔が可愛い!!って沢山言われたら自分のこと顔がキレイと思ってもいいと思う。加えてオープンマインドで様々な経験をして心地よいこと、気分の悪い事、別に気にも留めないことを知っていくことが出来る。
あまり言われていないが、好きな物の組み合わせはパターンがあり自分に似た好みを持つ人を観察することで自分の知らない好みを発見できることがある。分かりやすい例えを出すと、障害科学類は美人が多いとか、理工学群はこういうファッション(顔?)とか集団性から観察することは重要である。 私の場合は、福祉の勉強が一番好きだったから、福祉の人がやってるブログとか見ると、ハーブを育てるガーデニングをしてたり、スピリチュアル・占いに傾倒したり、子育てについて奮闘してたり、どれも私は興味がわくことだった。 人間は自分の好みから選んでいるように見えて、生まれつきの路線にながれているだけである。
自分の育ち・能力・資源
人間って言うのは人それぞれ育った環境によって価値観や能力が決まってくる。例えば、私は虐待された過去があって、生きる価値を感じにくいので自分の希望より社会の要請に沢山こたえたい。とかそういう事である。そして、私は理系エリートを養成する開成中学高校出身であったので福祉の現場で働くと、その育ちを活かせないし、文系思考一本で戦うのは不利だし周りと価値観が合わないと考えた。私は小学生の頃は塾に行けたので中流階級の上の方だったが、高校生になってからは、両親が離婚したので、やや貧困になってしまった。とか絶対的な判断を出来るといいかもしれない。
そして能力は自分だけで出来る事である。就活で言われるスキルである。一番わかりやすいのが学歴・資格、それ以外にも基本的な数学や物理がわかるか、統計ソフトが使えるか?とかである。
その次に資源は、自分が頼れる、経済的、精神的、物理的なな援助のことである。
例えば親がお金持ちだったらそれだけで無職ニートのキャリアが開かれる。自分が働かなくても楽しいタイプなのかという事を考えないといけないけど。
そして、仲の良い友人・家族・パートナーがあればメンタルで追いつめられることは減るかもしれない。私は、筑波大学で宿舎に一人暮らしのうえ心を許せる友人がいなかったので相当メンタルをすり減らした。
スキルを持った友人や企業とのコネがあればできることの幅が広がる。私の場合、留学前に東南アジアの友人を作ったので、インドネシアでその友達がいる場所には旅行が出来た。 知り合いが企業に勤めてたので、口利きしてもらって入社したとか、あり。
自分の育ちにアプローチするのは自分の正史を作ったり、親の年収や仕送りの量などの状況を他人と比較してみると良いと考えられる。これは非常にグロテスクな作業ではあるが、これが完了すると実家からの悪い影響がある場合、それを非常に軽減できる。
自分の能力にアプローチするのは、勉強やトレーニング・新しいことに挑戦すればよい。
自分の資源を増やすには、まず、自分のもともと持っている資源を調べること。これが最も重要。その次に、人と交流することで資源を増やすことが出来る。
この分野ふたつは、キャリアに珍しく努力する余地のあるものである。
私は、大学生の間に注力すべき部分は資源ではなく、能力の部分だと思われる。何故なら、大学生は労働者社会においてはゴミであり、大学の友人じゃ会社に入れるようなコネも作れないしナメてるやつが多いからスキルのあるやつもほとんどいないからである。多くの場合、人は職務経験の間でスキルを身に着ける。それに多くの大学の友人は卒業後コンタクトできなくなる。
時流・社会情勢
これは多くの人に最も軽視されることであるが、上記二つと全く変わらないレベルの重要度がある。今社会にどんなものが求められていて、どんなことが出来るのかという事を、考えること・教わることが重要である。例えば、バス運転手って今、月給50万もらえるみたいだけど、筑波大生でそれに就職する人はいないでしょ?年収600マンだぜ!!私が持っている資格は、今マジで人がいなくて、月収30万円の募集が資格さえ持ってれば入り放題。
あとは、こういうものが今必要だから、起業して作ろうとかそういうこともできる。
これにアプローチするには現場の人や若者にアドバイスを与えたい老人と話す必要がある。それか社会学的思考力を鍛えるか。私は円安だから○○系の企業がアツい!とか論理的には考えられないから、そういうのに詳しい人に聞くとかしかない。
あまり言われていないが、時流や社会情勢はやる気に直結することである。自分のやっていることが、国家プロジェクトなのかキモがられる陰湿な同人誌なのか、それで全く違うでしょう。流行っている事にはたくさんのエネルギーが向けられていて、そこからやる気を得ることが出来る。 例えば介護の人手不足の話を聞くと、働く側からすると国から馬鹿にされるような感じがしているでしょう。
働くやる気が無い人も、おだてられたり、美女と恋愛関係になれるよーって沢山資源をだされたら働くでしょ。
私もkpopのMVをよく見るんだけど、その理由は私が楽しめるものの中で数少ない流行しているものだから。という事に他ならない。
この3つを意識していくことでうまくやれる。
最後に私の意見。院にはいくな!!研究したかったら、自分ひとりで論文出せ!ただ、学歴を買いたいなら買え!
大学にいる間はスキルを高めろ、そして自分の過去をしっかり明らかにして環境の影響を洗い出せ、好きなものは分かるといいけど、分からなくてもいい。
大学生は雑魚ばっか、みんな20代後半から焦って色々身に着けたり気付いたりして、計画性のないキャリアや大切な自己認識の欠けた大人になる。
あと、人間には耐用年数がある。25歳で人間の才能は一度ピークを迎えるし、30代から新しい業界には入るのが非常に難しい。なにか成し遂げたいなら、年齢を強く意識すべき。
課題難しくてワロタ。
(1) 卒業研究Ⅰを通じて主に学んだ研究手法
A4版1ページ程度で記載してください。
特に自身が「卒業研究Ⅱ」を行うことを想定して研究手法を選択してください。
また、その研究手法の具体的な内容や実施手順、関連する専門用語の定義、研究実施上の留意点の記載が期待されます。
(2) 卒業研究Ⅱに向けた文献レビュー
卒業研究の構想に最も関連する英語の研究論文を1編選び、その論文を選択した理由、論文の概要(目的・方法・結果・結論)、論文に対する議論(クリティカルシンキング)を記載してください。
その際、全訳の提出は必要ありません。
枚数はA4版1ページ程度とします。
(3) 卒業研究Ⅱの構想
卒業研究Ⅱの構想となる「問題」「目的」を主として記述してください。
必須ではありませんが、可能であれば「方法」にも言及できることが期待されます。
枚数は「問題」「目的」でA4版2ページ以内、「方法」を加える場合は3ページ以内とし、「問題」「目的」では関連する文献を適切に引用してください。
その際、レポート末尾に引用文献リストを記載しますが、引用文献リストは指定のページ数に含めません
https://webview.isho.jp/journal/detail/pdf/10.11477/mf.1552103296 視覚障害者にとってもまた家族にとっても結婚をとりまく諸問題には大きな制限が加えられている.そのために本人も家族もなんの因果でこのように社会的にスポイルされ苦しまねばならないのか?! と嘆かざるを得ないのが現実である.一方,昨今健康権とでもいうような権利意識が全般にめざめてきた.この高まりは“障害者にも結婚する自由と子供をうみ育てることの出来る自由を!!”の叫びとなってきている.社会はこの声を確実にうけとめ,障害者が障害をもたないものと同じような権利を回復できるよう方向づけすることがすなわちリハビリテーションの目標であり基礎とならねばならない.したがって遺伝相談の方向も障害者の出現を出来る限り減少させるという前提のもとに,しかも障害者の権利を制限しないという方向に向けられねばならない.相談にあたり,このまったく相反するような方向をいかに融合させるかが鍵となる.
教職関連で10何回と支援室行ってるのに、10人以上はいる同期とすれ違ったことすらないの、自分が異次元にいて私の大学生活が全て間違っていることを実感する。
昨日は朝10時から面談に行って、先行研究の見方を教えてもらって証明写真をとったのですが、そのあと超眠くなっちゃって、パスタと中華炒めを食べた後寝ちゃって起きたら20時だった。どうしようもなくて、