最近統合失調症本当に減ってきて、誰かの名前をktkrみたいに略す世界観の意味を捉えられるようになってきた。
ambiguousな名前の表現は、他人への片道切符の意識を作り出し、それが空中を漂うことで、他の人や自分がが苦しむみたいな世界観に生きてたんだけど、 だからこそ俺は本名を公開しないリア垢はあり得ない。
例えば、昔は、悪口をネットに書いて 私という責任や同一性が取れないアカウント名でやってたら、その悪意が返報する悪意が私に直接刺さるわけではなく(悪意は聴いても分からないから本人に聞いたとしても確認できない。)、世界に漂うことになるとガチで信じてた。
色々考えると
4パターンあって
1 私とわかって、悪意を持っている場合、健常者はこれを避ける。 統合失調症の場合特定の相手が私に直接悪意を持っている場合不安にならないので、そこまで苦労しない。現実世界だけだったらこれは起きない。
2 私の言動とわからないで?疑って?、悪意を持っている場合、統合失調症にとっては これが一番怖い。何故なら、相手の態度にある悪意が私に向いているのか向いていないのかを悩むことが、一番疲労するからである。
あれは違う人だと思ってたけど、私だったみたいのも怖いし最悪なパターン
3知らないうえ相手が態度がよそよそしい場合 相手が知らないと答えるのは、本人にしかそれは確認できないから、 統合失調症にとっては上と変わらない。 また、純粋に相手が俺を嫌いなのか人見知りでなってるのかどうかは確認できないから一番怖い。
4知らなくて、態度が優しい場合、 相手が知らないと答えるのは本人にしかそれは確認できないから、統合失調症にとっては一緒 態度が優しい場合、本当はイライラしてるけど何とかする為に、態度を優しくしてるだけかもしれん。 それは聴いても分からない。
4パターンあるうち、本名を公開してツイートすれば、自分の一意性が保証され、2が1に収束されるから、風通しがよくなって日常の恐怖75%になるんだよ
こういう理由で頑張ってましたね。
インドネシアで学んだのは、 他の人に質問をして、同じ空間にいる人とお互い情報を交換するということ。 次に、相手に助けを求めて、助けるということ。 この二つである。
コミュニケーションのパターン - Behind Coleus
こういうことを自分の精神の安寧の為にすることで、統合失調症や愛着の問題、PTSD的コミュニケーションを回避できることがわかった。