Behind Coleus

大学生なのに特別大学で楽しいことが一 つもない。虐待と男子校病のせいにしてみる。→日本脱出しました 今ジャカルタにいます。→ジャカルタから帰ってきました。

何故うんこドリル等の世界観系ドリルが売れるのか

世界観ドリルに対する人間学的禅問答

Qもし、世界観を取り入れたドリルに効果があるとしたら、学校の授業でもユーモアや世界観を取り入れた問題を使うでしょう?でもしないですよね。だから、効果はないんじゃないんですか?


Aご指摘の通り学校の授業では、ユーモアや世界観は取り入れず出来るだけ学びたい内容に対して純粋な問題を使用すべきです。
しかし、一斉授業で使う教材と個人で買う教材とでは、求められる性質が異なります。

まず、学校の一斉授業というのは、授業者のサポートのなか決められた時間を共有して生徒が問題を解くなどの活動を行うという性質があります。この方法の利点は、他の生徒と問題を共有したり、相談が出来るということです。これは、「主体的・対話的で深い学び」の達成をする重要なカギになります。そのため、一斉授業で用いる教材はより多くの人が理解して同時に取り組めるものである必要があります。例えば、私は教育実習前に世界観を取り入れたドリルを見て、登場人物をカリナさんと冬子さん(人気アイドルaespaのメンバー)にした問題を提出して「AさんとBさんに直した方がよい。」と指導され釈然としなかった記憶があります。しかし、実習後の今では間違っていたと分かりました。 何故なら一部の生徒は「誰だこれ?」となり問題の内容が入ってこないかもしれないし、数学と関係ない話で盛り上がってしまう生徒がでてくるかもしれないからです。これでは、多くの人が同時に時間を共有して活動するという一斉授業の利点を活かせません。このように、一斉授業の性質を考えると、ユーモアや世界観を取り入れずに誰でもわかる選択性のできるだけ小さい教材を使うのが望ましいのです。

 

 次に、個人が買うドリル・問題集・参考書というのは、授業とは違い一人で本と向き合って行う静的なものです。そのため、学習者が主体的に進められるものでなければ学習効果が得られません。嫌いなものは主体的にはできませんから、教材を作成するものは、学習者が興味を持てる・好意的になれるように手を尽くす必要があるのです。その際に、本のレイアウト・フォントや記述の親しみやすさを工夫するだけでなく、学習者の世界と近いものを取り入れて、学習へのレディネスを整えることが重要です。また、それは学習を始めるきっかけになるだけでなく、学習を続ける理由にもなっていくのです。 例えば、ある児童がMINECRAFTの世界観が大好きだとします。その際に、児童がMINECRAFTの世界観を使用したドリルを「マイクラの絵が乗っている」というキッカケで興味を持てるかもしれません。開いてみれば、イラストが面白く、次を見たいという動機で続けられるかもしれませんし、意外とドリルで学ぶことが面白くて続けられるかもしれません。しかし、この現象はどの学習者にも起きる事ではありません。先の例でも、MINECRAFTに興味が無い児童には同様の効果は期待できません。このように、個人が主体的になれるものというのは概して選択的で、自分でないとダメと思えるようなものによる、心理的なつながりが重要なのです。そのため、世界観を取り入れた問題文というのは、一斉授業では用いられず、自学用の教材では用いられるのです。

なお、一度学習者との繋がりを達成した教材の価値は高く、教材が学習者に語りかけてくるかのような感覚的なつながりまで達成されれれば、個人で行う静的な学習でも「主体的・対話的で深い学び」に繋がります。加えて、学習者が最終的にみにつけるべき生涯学習のコンピテンスには、学習内容と自身の人生とを関連付けて学習に主体的になるという事が必要です。世界観を取り入れたドリルによって主体的になれる経験は、その一歩ともいえるでしょう。

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