Behind Coleus

大学生なのに特別大学で楽しいことが一 つもない。虐待と男子校病のせいにしてみる。→日本脱出しました 今ジャカルタにいます。→ジャカルタから帰ってきました。→6月19日から小笠原沖で、インドネシア人とメカジキ漁

今日は不安が強馬ー

仕事の内定の話と、集中授業が重なってうんこになった

おはようございます。だけ言って仕事の準備しようとしたら。のぞき込まれて「よろしくお願いします」って言われて自分が不自然なこと悟ったわ

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私が児童書キュレーションで行った非常に重要な判断の一つとして、女児本は漫画と対立するものではない。という立場を取ったことだ。香川元太郎は私が2番目に尊敬する児童書作家。建築物の内部構造図解の技法を絵本に取り入れた高度な表現であるのにもかかわらず、高い娯楽・教育性を維持したことで非常に評価が高い。

子どもたちを見ていて思うのは、絵本から漫画への移行が早い子が結構多いということ。僕自身、小学校に入る前から漫画を読み始めていたんです。藤子不二雄とか手塚治虫とか、夢中になって読みました。

大人のための絵本というのもあるけれど、絵本ってどちらかというと、赤ちゃんから幼稚園児ぐらいまでの年少時のものという印象が強いんですよね。だから小学生になると、子どもたちはどんどん絵本を卒業して、漫画やテレビゲームに興味を持つようになる。それはやっぱり、漫画やゲームの方がエンターテイメント性が強いからだと思うんですよ。

漫画やゲームを否定するつもりは全然ありません。むしろ自分も好きなくらいなので、漫画やゲームの楽しさはよくわかっています。でも、それと同じくらいのおもしろさを、絵本でも実現できたらと思っているんです。

絵本って、小さい子だけのものではなくて、小学生以上の子でも楽しめる可能性のある媒体だと思うんです。実際、小学5、6年生でも僕の迷路絵本を好きだと言ってくれる子がいますからね。ただそういう子はまだ一部なので、もっともっとたくさんの子に楽しんでもらえる絵本を目指したい。だからこれからも、漫画やゲームをライバルだと思って、それに負けないぐらいのエンターテイメントとしての絵本を追求していきたいです。

香川元太郎は、漫画を否定してはいないものの、漫画と絵本とは対立するものであるという立場を取った。

しかし、私は漫画の技法をふんだんに使った女児本である、はぴカワシリーズについて語る際に、女児本とマンガは対立するものではなく、漫画表現を取り入れることもできるほど懐の広い表現が児童書道なんだと説いた。

ここに納得するのには、はぴカワを初めてみてから4年間かかった。はぴカワを初めて見た時、右綴じの漫画ばかりの本がベストセラーになり、独自性を出してきていた左綴じの女児本というジャンルを右綴じの漫画本が終わらせた。と漫画と女児本は違うんだ!っていう様な立場を取っていたら、漫画のコマ自体を色のある装飾品として扱っているあのページはできなかった。

私が目指すのは漫画やゲームをライバルとして見るのではなく、漫画やゲームを取り入れた究極のエンターテインメント本を追求したい。

そこは対立してたらスケールが2段3段と下がってしまう。

この違いはもし私が後に偉大な作品を制作した場合、後続を遠ざけるような唯一性の一つになると思われる。そして、より多くの人に影響を与えられるような、唯一性にもなりえると思われる。