Behind Coleus

大学生なのに特別大学で楽しいことが一 つもない。虐待と男子校病のせいにしてみる。→日本脱出しました 今ジャカルタにいます。→ジャカルタから帰ってきました。→6月19日から小笠原沖で、インドネシア人とメカジキ漁

ダメ人間確定


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多田美波の絵はよかったですね。

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絵画の良さを語ります。

最もレベルの高いとされるような画家ですら、適切に年代順・必要な作品が紹介されればビジュアルイメージだけでも高度な理解をすることが出来ます。

文字情報を介さずに高度な思考にたどり着ける非常に稀有なメディアと言えます。

私は、人に直接教わらずに高度な思考にたどり着けたのは、生活経験と、絵画、映像の3つくらいであり、文字情報で高度な思考にたどり着くには、経験と結びつけてようやく。といったレベルである。

抽象度の高い概念を分かっている人の、臨場感から、理解するという事は出来た。
世の中の人と言うのは、自らが知覚できるメディアからしか情報を取得できていないという事に自覚的にはなっていない。

例えば、学者は現場労働者が日々構成しているような概念を知覚することできない。

この不均衡さを示すことが、私が今後人生をかけて反駁すべき命題「先生というのは高度な知識を身に着けているのだから、もう少し高い給料をもらったり、社会的地位が高くてもよい」という言説につながるかもしれん。

この言説の反駁には、知覚の優劣、教養と地位、学と金銭的価値の関係性を示さなければならない。

私は、3本柱「稀有な体験」「視覚情報からの高度な概念」「学問を修めた人間との交友関係による臨場感学習」この3つで何とか思考のレベルを保ち、世界と渡り合っていけば、知覚の優劣は反駁できる。

何故なら、どれかの知覚を侮るようなやつを、複数の知覚から高度に統合して、誰も追いつけないような徹底的に叩き潰すレベルのことを為せば、研究室で為したり、読書して得た概念だけでは、なしえないことがあり、他の知覚を馬鹿に出来るわけではない。と証明できる。

これは、茨×3の道である。でも、やらなければならない。と決まっている。

結局俺は、バカにも、エリートにも、本気の労働者にもなれないダメ人間確定だ。
どこに行っても自分を保ち、穴に落ちず、逆に騰蛇のように、上に上がらなければいけない。これは正直言って地獄だぞ。

大谷翔平は野球と言う穴に落ちて成功したタイプだが、俺はどこにも染め上げず高みを目指すだけなんだろう。と思っている。

この孤独は生まれつきのもので、どうしようもない。気付けたのは、臨死体験だったな。世界はどうしようもない、地獄の積み重ね。ただ、何も残せず死ぬか、残して死ぬかの0と1のような違いを為すか為さないかだ。