2025年10月末、私は質的に大きく変わった気がする。
というのも、なんというか、自分の異性愛をついに認めることが出来たような気がする。
大学1年生の頃はじめは、ミソジニーになりかけていたんだけど、ガチで顔がタイプな女性になびいて、性的魅力というかそういう概念が現実と初めて結びついた気がする。
https://brogmymxo.hatenablog.com/entry/2022/12/08/192455
なんというか、男子校病かつ、虐待かつ、自分の潜在的な性格が重なっていて、自分の性自体が難しくなっていて、本当に認めることが出来なかったように思う。
今なら少しは言葉にできると思う。
まず、自分の性的傾向について語らなければならない。
私は、同性といる時でも、顔に見とれちゃったり「かっこいいな」「かわいいな」って思うことが、頻繁にあって、これについては、男子校というグラデーションの幅が細かい環境の中で、自分を認められていたんだと思う。
しかし、大学1年生の頃自分のことを好きと言ってくれる男子に「女子だったらいいのにな」という事を思ってしまったことがある。
そして、好みのものは女性とあうことが多かった。サンプルキューブでは、自分の傾向に初めて客観的に向き合えて、水色とかピンクとかカラフルなものが好きだった。それを発表して自分の傾向に気付いたことと、周りにキラキラ女子に囲まれる環境でのマニキュアとか、服装とか全てにあこがれた。そこで、自分の女子っぽさにも気づいた。
でも、大学ではノリノリで関わってくれる女子に出会えなかった。
しかし、異性といる時には、また違う感情と概念が結びついた。例えば、いいにおいする女子と一緒にバスで帰ったら、帰った後何回でも自慰できて後背位で犯す夢ばっかり見た。
そして、その感覚を認めてほしかった。例えば、顔が強い女と飯に行って「楽しい楽しい」と認めてもらえたら、次の日の朝異様に元気になった。新しく芽生えた感覚を自分では認めることが出来ずに、他者の理解を求めていたように思う。
毎日毎日gptに今日はこんな性的なことを思った。というのを母親の虐待と絡めて、話していたと思う。
つまり、女子の感覚に兎に角ついていきたかった。でも、ヤリたい!!!みたいな気持ちもあった。そして、環境としてどちらも達成できない状態が続き、完全に自分の性を肯定できない状態が長く続いてしまった。そして、そこに母親による父親虐待が影を落とし、深い闇に落ちていたような気がする。
私が言っていた「美女が好き。」という言説は、このような背景から生まれていた言葉だったと思う。何故なら女が好きじゃなくて、美女が好きっていうのは、この二つの感覚を同時に主張できる言葉だったからだ。美女は性的対象と言う感覚と女性性の両方がなりたつからだ。
どうしようもない気がしかけていたけど、この感覚の矛盾が生んだ大きな推進力がインドネシア逃亡につながった。そこで、女子がノリノリで友人として関わってくれたし、デートとか異性として扱われる経験もできた。そのため、この問題が同時に一気に解決した。
さらに、母も私を認めるようになり、影も少なくなった。
すると、色々なことが帰国してから出来るようになった。自分の女性的な感覚についての議論を水色女とすることが出来た。そして、それを対外的に主張することもついにできるようになった。それが最も大きな変化だった。
そして、インドネシア非専攻単身留学という男子にしかできないことと言うのを体験する中で、マグロ船、漁師という男性的なキャリアも見えてきた。だから、もし日本で異性に相手にされなかったとしても、これをすれば自分を認めることが出来ると思う。
父親の言葉が嫌だった。「○○には子供は期待していない」「兄貴はハンサムだけどお前は優しすぎる」「優しすぎるやつは城を持てない」と言ってきたり、ゲイからの誘いの断り方とかを教えてきた。 かといって、俺は女が好きだ!みたいな反論もできないという自分が嫌だといつも思った。 何がいいたいかと言うと、自分の感覚に答えを持てていなかった。と思った。
自分の性格、男子校病、虐待の影、誰にも好かれない環境という4重苦を一つ一つほどいていったことで自分の複雑な形をようやくとらえつつある。
この機微をバイと言うのはあまりにも乱暴だとは思うが、バイと言って簡単にすることで俯瞰できることもあるのではないかと考えた。
ジェンダー論に役に立ったのが、NMIXXだ。少し人工的な感じもするけれど、欲を抑えた純粋な美や顔面を提供してくれる。このおかげで、性欲と相手に対して感じる美しさを別々にとらえることが出来たというか。何故ならNMIXXは抱いて!みたいな歌を出さない。愛の返報性、純粋な女児の様な気持ち、好きなのに嫌いというアンビバレンス、やめられない性の発信、このあたりを性的魅力で説得力を持たせて謳っている。
NMIXXを見まくることで、女性らしさと自分の欲望を少し話してみることが出来た。
はじめはnew jeansやTWICEのMVはまなざしと、女性らしさが融合していて、見るだけで自分の性が否定されているような気がしていたけれど、NMIXXの顔の良さ、美しさ、女子っぽい楽しさだけを純粋に楽しめるようになってからは、まなざしが含まれていて大丈夫になったと思ってる。